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16歳で死刑判決受けた女性が出所 米

(CNN) 16歳の時に殺人の罪で死刑を言い渡された米インディアナ州の女性が、27年間の服役を経て、このほど出所した。釈放を働きかけた1人は、この女性が殺害した被害者の親族だった。
 ポーラ・クーパーさんは1986年、米国史上最年少の16歳で死刑を言い渡された。

 インディアナ州の裁判記録によると、クーパーさんは15歳の時、友人と共にマリフアナを吸ってワインを飲んだ後、金銭を盗む目的で、聖書を教えていたラス・ペルクさん(当時78)の自宅に侵入。ペルクさんを花瓶で殴り、刃物でメッタ刺しにして殺害したとされる。
 盗んだのはたった10ドルだった。

 裁判所が死刑判決を言い渡したことに対し、判決を覆すよう求める運動が巻き起こり、200万人以上が嘆願書に署名。当時のローマ法王ヨハネパウロ2世も州知事に判決の見直しを求めた。
 そして判決言い渡しから3カ月後、クーパーさんを許すと表明して助命に賛同したのが、殺害されたペルクさんの孫のビル・ペルクさんだった。

 ビルさんはCNNの取材に対し、「祖母ならきっと、ポーラ・クーパーとその家族に愛情と慈しみをもって接しただろうと思い至った。ポーラ・クーパーのための愛と慈しみを私にも与えてほしい、そして祖母のために行動させてほしいと神に祈った」と語った。

 事件後1年半の間、祖母が殺害された状況を思い出すたび恐怖に襲われたというビルさん。「しかしある瞬間から、祖母がどのように死んだかではなく、どのように生きて、何のために行動し、何を信じていたかを思い描くようになった」という。
 ビルさんは1986年にクーパーさんに面会しようとしたがかなわず、面会が実現したのは8年後だった。年月がたつうちに2人の間に友情が生まれ、拘置所の電子メールを使って毎週メールをやり取りするようになった。89年には州最高裁の判断で、クーパーさんの刑が禁錮60年に減刑された。

 ビルさんは、クーパーさんの早期出所を願うようになっていた。「一緒に食事に出かけられたらと願った。出所したらコンピューターを買ってあげるとも約束した。うれしいことに、あと数日すれば一緒に買い物に出かけられる」

 クーパーさんの行為について、説明を求めたことはないという。ビルさんは「彼女は一生の間、それを背負って生きていかなければなければならないと知っている。自分が社会から大切な物を奪ったと分かっていて、それを取り返したいと思っている。自分が落ちた穴にほかの若者が足を取られないよう、支援したいと」とクーパーさんの思いを代弁している。

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