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どんな気持ちで死刑執行を 聞きたい思い抑えた母─死刑囚と死刑制度の今

 ひつぎに入った息子は、花に囲まれ、穏やかに眠っているように見えた。「(最期に)母ちゃんの顔を見ることはできんかったね」。母は声を絞り出して語りかけた。
 福岡市早良区の福岡拘置所の一室。昨年9月28日、前日に死刑執行された元死刑囚の松田幸則=当時(39)=の葬儀が行われた。
 熊本県内から駆けつけた母に、拘置所幹部は「立派な最期でした」と告げた。遺書はなかったが、遺した言葉を職員が伝えた。「母ちゃんにいろいろ迷惑かけてすいませんでした。元気で長生きしてください。母ちゃんの子どもに生まれてよかった」。母は泣いた。
 松田は2003年10月、熊本県松橋町(現宇城市)で男女2人を殺害、現金を奪ったとして強盗殺人罪などに問われ、一、二審で死刑判決。09年4月に上告を取り下げて確定した。
 一審で検察側は「鬼畜にも劣る犯行。被害者の感情は 峻烈 (しゅんれつ) だ」「 改悛 (かいしゅん) の情もない」と指弾。判決公判でも裁判長は「反省の態度が全く見られない」と厳しく指摘した。
 だが、昨年、参院議員の福島瑞穂(社民党党首)が実施した確定死刑囚に対するアンケートへの回答では「言葉では言い表せないほどに申し訳なく思っています」と被害者と遺族に対する謝罪の言葉を書き連ねていた。
 一審で弁護を担当した弁護士の 三角恒は「松田さんは被害者への深い謝罪とともに、死刑への覚悟を何度も口にしていた。しかし、口下手で、公判ではその思いが十分に表現できなかった」と振り返る。
 松田は逮捕直前に母を抱きしめたときのことが「忘れられない」とも三角に話していた。「年を重ね、小さくなった母が自分の犯した罪で苦しんでいた。その自責の念から何度も涙を見せた」
 関係者によると、刑場の松田は所長らにお礼の言葉を述べ、静かに絞首台の上に立ったという。
 遺体を霊きゅう車に乗せる際、刑務官は母に「模範囚でした」と語りかけた。その言葉に礼を述べつつ、母によぎった思いがあった。「本当は電気(絞首台の踏み板を開くボタン)を押しなった(押した)人たちに、どぎゃんした(どのような)気持ちで押しなったと聞こうと思ったですたい」。その思いは必死に抑えた。「仕事だし、仕方なかったですもんな。そんなこと聞いても、返事できんですもんな」
 周囲からは「死刑の家族とは付き合えん」とささやかれ、夫の退職金も「奪ったカネだろう」と言われた。そんな中、母は2人の被害者の名前を札に書いて壁に貼り、3年前に他界した夫と毎日手を合わせてきた。
 「私が元気なうちに(息子が)帰ってきてくれた。それがうれしかです」。独り暮らしの居間の仏壇には、新たに息子の写真を置き、毎日の出来事を語りかけている。          (敬称略、佐藤大介・47ニュースより、無断転載)

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